きっかけはSNSで見かけたとある画像。
黒い炎のような巨大な影を背景に、崩れていく城。
それを前に、剣を持ってそれに立ち向かうようにフードを被った一人の人間。
その世界は、『選ばれし冒険者のいる世界』だった。

思考実験展とは?
思考実験展とは、謎解きゲームや脱出ゲームとは少し違う。
思考実験展とは、TRPGの作者、ディズム氏が手掛けた”じぶん没入型”エンターテインメントだ。
以前東京でも開催されたらしく、大阪での開催は初めてらしい。
このイベントに参加する人は、選ばれし冒険者となって、「影の魔王」を倒す旅に出る。
自分の頭で考え、選択をして、その末にある結末がどうなるかを楽しむイベントだ。
旅を始める前に
会場は心斎橋パルコ 14F・PARCO GALLERY
開催期間は2025年12月27日~2026年1月18日
10時から18時10分までの時間枠での事前予約が必要で、入場料は4500円だった。
会場のフロアに着くと、窓に添うように待機列があった。
そしてその真向かいにトイレが設置されている。
イベントの体験時間はおよそ一時間かかり、会場にはトイレが無い。
イベントのスタッフにも列に並ぶ前に、注意喚起として一度呼び掛けられるので、事前にすませておいた方がいいだろう。
列に並ぶと、近くにいる白衣を着たスタッフに注意事項の紙を渡される。
この時参加者は、スタッフから「被験者」と呼ばれる、ゲームが始まる前から既に実験は始まっているみたいで、ワクワクした。
私が予約したのは、12時10分の枠だったが、実際にイベントの説明が始まったのはそこから2、3分過ぎたあたりの時間だった。
ゲームの説明や、前のグループの進行によって、スタートがわずかに前後する可能性があるので、会場には時間に余裕を持って行った方がいいだろう。
客層は2、30代くらいの若い人が多く、特に女性が多く見られた。
友達らしき三人グループや、学生を連れた親子らしき二人組もいて、ソロで参加している人もしばしばみられた。
イベントは一グループ定員五名で進めるらしく、私のグループは夫婦、カップル、私だった。
ソロ参加は予約が取りやすいかもしれないが、人によっては気まずく感じるかもしれない。
冒険者登録
冒険を始める前に、まず自分の職業と名前を決める必要がある。
イベントが終わった後に知ったが、職業は魔法使い、暗殺者、錬金術師、武闘家、召喚士、僧侶、音楽家、騎士と、全部で八つあるらしい。
スマホで用意されたQRコードをスキャンして、二択の八つの質問に直感で答えていく。

その結果、私は武闘家だった。
RPG系のゲームをするなら、私は魔法使い系の職業が好きだが、私は己の身体のみで道を切り開く方が性に合っているらしい。
ちなみに私のグループの職業は魔法使い一人、僧侶二人、私を含めた武闘家二人となった。
RPGとしては中々バランスがいいパーティーだろう。
冒険で呼ばれる名前は、平仮名かカタカナで決める。
スマホで登録した名前は、配られる名札にマーカーで記入して、胸元に見える場所に付けるように指示される。
名札は裏側についているクリップか、安全ピンで服に付けるので、シワになると困る、穴が空くのは嫌だと思う服は避けた方がいいかもしれない。
ちなみにイベント中は進行の人に入力した名前で呼ばれる。
なので、呼ばれて恥ずかしい名前にするのもお勧めしない。
ちなみに私は『キママガエル』で参加したが、この事を想定しておらず、何度もこの名前で呼ばれたので中々に恥ずかしかった。
仲間と共に進む、選択を迫られる冒険の旅
会場中に入るとプロローグとして、スタッフからの話を聞いて各職業に合った武器を貰う。
与えられた私の武器は、サバイバルナイフだった。
実際に武器を手に持つとテンションが上がる。
さあ冒険が始まるという所で、ルーシェという女性が現れた。
冒険者達の従者兼このイベントを進行する為の案内人だ。
彼女の没入感のある朗読を聞きながら、沢山の青いカードのある場所に通された。

ここで冒険者は最初の選択をする。
人生で大切な物を、ざっと二十程あるカードの中から三つを選ぶ。
私が選んだ物は、形見の懐中時計、小さい頃から一緒だったぬいぐるみ、書けるし描ける筆だった。
しかし冒険者は魔物との戦いの末、大切なものを失ってしまう。
魔物を倒す為に、先程選んだ三つの内二つのカードを捨てないといけない。
数秒迷った末に残したのは、形見の懐中時計。
旅の終わりまで最後まで一緒に連れて行きたいと思ったからだ。
報酬に何を望むか、パーティー五人の多数決で村か街を助けるか、自分の大切な人に化けた敵はどんな姿をしているか。
そうやって選択をしながら、私達は冒険を進めた。
そうして決戦前、冒険者の私達に厳しい二択を迫られる。
人生で大切な物、望む物、大切な人の記憶を全て失って武器で戦うか。
大切な人から自分の記憶が無くなるが、敵を倒せる魔法で戦うか。
迷った末に、私は魔法を選んだ。
例え大切な人、妹に忘れられたとしても、自分が覚えていればそれでいいと思ったからだ。
与えられた魔法を携えて、私は他の冒険者と一緒に最後の戦いに向かった。
そして冒険……実験は終わる
魔王を倒した後、どうにも心に穴が空いたような心地だった。
それは目的を達成する為に、大きな物を失ったからだろう。
そして敵を倒したその先に、最後の選択があった。
旅を終えた私はどうするか?
この旅を終えた冒険者への最後の問いだ。
四つ程あったカードの選択肢の中から、私は一つを選び取った。
今までの選択を受け入れ、新しい人生を始める選択をしたところで、私達の冒険、いや、思考実験は終了した。
結果を待つ部屋には、人魚姫、ピノキオ、ラプンツェルなど、おとぎ話に出てくるキャラクターがこの実験を体験をした場合のレポートが並べられていた。
詳細は覚えられなかったが、持ち帰って一度時間を取って読みたい程に、どれも面白かった。
ルーシェだったスタッフから、実験結果としての一つの封筒を受け取り、体験は終了した。
その後に物販スペースがあったのだが、ここの店舗はキャッシュレス決済のみで、グッズ購入に現金は使えなかった。
ポストカードが欲しかったが、残額がどれも少なくなっていたので、残念ながら今回は諦めた。
ちなみに一度外に出ても、物販のみなら、また帰ってきて購入できるらしい。
そうしてイベントの余韻に浸りながら、私は会場を後にした。

自分の考えを口に出す難しさ、人の考えを知る面白さ
このイベントでは、質問に対して答えを選んだ直後に、ルーシェからその選択を選んだ理由を尋ねられる。
簡潔に答えると、時折追加で質問をされる事もあった。
そうしてルーシェの質問に答えていく内に、私は内心自分に驚いていた。
自分が何故これを選んだのか?
何故そう思ったのか?
頭の中でなんとなく浮かんでいたとしても、いざ言語化して相手にそれを伝えるのはとても難しい。
ぼんやりとしたイメージとして、自分の頭の中で浮かんでいる考えを、相手に伝わるように自分の中で言葉を整理して、実際に口にする。
それだけで自分が思っていた事を、自分自身でも気づいていなかった考えが、頭の中ではっきりと浮き彫りになった気がしたのだ。
「自分はこう思っていたのか」「こういう時、私はこう考えるのか」と、気づきを得られたのは楽しかった。
他の人の考えを聞くのも面白かった。
例えば、最初の問いにあった人生で大切な物。
他の冒険者はボードゲーム、伝書鳩、財布など、自分なら選ぼうとも思わなかった物も選ばれていた。
ルーシェに理由を尋ねられて、話される彼、彼女からの選んだ理由を聞いて、「なるほど」と、何度も一人で頷いた。
このイベントに来なければ、出会う事も関わろうとも思わなかったであろう人の考えを聞けるのは、とても新鮮な体験だった。
家に帰った私は、貰った封筒を開けて中に入っていた一枚の紙を読んだ。
そこにはこの旅で選択したもの、切り捨てたもの、どうしても捨てられなかったもの、それらの過程を経て作られた一つの物語が綴られていた。
今でもあの世界の私は、時折自分を忘れた妹に思いを馳せ、報酬の工房の中で趣味に打ち込み、時に訪れる来客に茶でも出しながら、穏やかな日々を暮らしているのだろう。
『記憶を抱く 武闘家』キママガエルの冒険。……という名の実験の記録はこれで終わりだ。



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