
見ようと思ったきっかけは、SNSのタイムラインでたまたま見かけた映画予告。
洋画はほとんど見た事がないし、デスゲームものの映画を見るのも初めてだが、スティーブンキングの実質的な長編執筆作が、ついに6月末に映画化されたという事で、復刊された原作小説を読んだ上で映画を見にいった。
どんな話?
舞台は戦争などで国家が分断された近未来のアメリカ。
そこで困窮した社会に、再びの栄光を取り戻す目的として、国をあげて開催されるのが「ロングウォーク」という競技。
ルールは主に4つ。
1、時速3マイル(4.8km)を維持し続ける事
2、それを下回ると警告を受ける
3、警告3つで失格=即死
4、最後の一人になるまで歩く
他にも一時間歩けば警告は一つ消える、コースの道路から外れたら即失格などのルールもある。
勝者には莫大な賞金と、願いを一つ叶える事ができる。
そこにレイ・ギャラティを含む50人の少年達が、ゴールの無い死のゲームに挑む。
ちなみに今回の映画公開に合わせて原作小説の復刊も発表され、旧題である『死のロングウォーク』から『ロングウォーク』にタイトルを改め、5月15日(金)に扶桑社から発売された。
価格:1650円 |
時速4.5kmを実際に歩いてみると?
この競技のルール、「時速3マイル(4.8km)を維持し続ける事」
時速4.5kmってどれくらいの速さか、そう聞かれるとピンとこない人も少なくないと思う。
じゃあ実際に歩いてみるとどうなのだろうか?
そんな好奇心から、試しに歩いてみた。
小説の中では雨が降っているシーンもあったので、雨が降っている日に、「どこでも速度計」というアプリを使用して5分弱程歩いてみたが、思った以上に大変だった。

まず一定のスピードを保つのが難しい。
規定のスピードを下回らないように意識すると、速すぎてすぐバテてしまうし、ギリギリの速度を狙うとやりすぎて規定のスピードを下回り、警告をもらってしまう。
私が一定のスピードを保つ場合、いつもより少しだけ大股にして、足の回転を早くして時速5km位に保つのが一番安定した。
そして坂道を登る時が一番辛かった。
普段から運動不足の私には、10数m歩いただけでもふくらはぎが痛くなった。
それに傘をさしていても大股で歩いていたので、雨でスラックスは濡れて生地が足にまとわりつき、普段より動かしにくくなる。
この坂道が100mと続いたら、減速して即アウトになる自信がある。
平坦な道が続いても、私では1時間も歩けないだろう。
ちなみに原作では時速4マイル(時速6.4km)で、もう少し早く歩かないといけない。
実際に歩いてみると、どんなに頑張って早歩きをしてもこのスピードまで加速できず、小走りでやっとこのスピードで進めた。
アメリカ人の少年なら私より背は高いし、足も長いから早く歩けるだろうが、それでもかなりの早歩きになるだろう。
心に残った所
ピントが当てられていない参加者達
会話をしているシーンでは、話している登場人物にピントが合っていて、それ以外の登場人物は背景としてぼかされていたが、敢えて他の歩いているピントが合っていない少年にも目を向けてみると、中々面白かった。
画面片隅にいるハークネス、喋らなくなったオルソンの歩いている姿を見て、「次は彼が脱落するな」「そろそろ退場かな」というのが、薄々予想できるようになっていた。
映画終盤までステビンズもピントを当てられるシーンが少なかったが、現在地点の字幕が入る度に彼の咳の音がしていて、そしてその咳がどんどん重くなっていくのが、彼の体調が悪化していくのが分かるようになっていた。
ステビンズの脱落シーン
これは私の気のせいかもしれないが、小説でも言っていたうさぎのくだりを話始めた辺りから、彼の顔がアップで映っていたのだが、白色の照明の光が顔に当たっている時、心なしか彼の顔が白く、目元が赤くなっているように見えた。
そして、彼が歩みを止める少し前には元に戻っている。
自分が気づかなかっただけで、本当は彼が泣いていて目元が赤くなっていたのかもしれないし、もしかしたら「うさぎだったステビンズが、ただの人間に戻った」事の演出だったのかもしれない。
そして「仰向けで死にたい、爬虫類みたいに這って死にたくない」みたいな事を言っていて、最後に撃たれた時、他の登場人物が撃たれた時と違って、倒れ方が「なんとしてもうつ伏せで倒れない」ような彼の最後の意地のようなものを感じた。
原作と違うラストシーン
ラストシーンは衝撃が大きすぎて、口が勝手に戦慄いて、歯がカチカチ鳴るという映画で初めての経験をした。
原作では終盤でマクヴリーズが脱落して、最後にステビンズが脱落してギャラティが優勝する。
しかし映画では座り込んだマクヴリーズをギャラティが立たせて、彼が歩き出した所を見届けるとギャラティが立ち止まって脱落する。
優勝者はマクヴリーズに変更されていた。
そして少佐を殺そうと考えていたギャラティの願いを代わりに叶えようと思ったのだろうか。
マクヴリーズが最後に行ったのは復讐だった。
優勝した彼が願ったのは、自分達に常に向けられていたカービン銃。
そしてそれを使った少佐を撃つという驚きのラストだった。
マクヴリーズは、ギャラティが目的としていた復讐には否定的で、「何も生まない」と言っていたが、その言葉が自分に返ってくる結果になり、復讐を遂げた後の横顔が印象的だった。
疲れ切ったような、何もない空虚な表情。
笑ったり、人を励ましたりと、みんなと歩いている時は感情も表情も豊かだった分、その時の彼の横顔は見ていて辛かった。
少佐を殺したところで、スッキリする訳でもなく、本当に得られるものはなかったのだろう。
銃を向けられた少佐は、予想外の相手が歯向かってきて動揺しているようにも見えて、でもそれをマクヴリーズには悟られないようにしているように感じた。
落ち着いたトーンと少ない仕草で「賞金が手に入る」「銃を下ろせ」と言っている姿は、興奮している犯人を言葉でクールダウンさせようとしている警官のようだった。
少佐は今までずっと支配者のような立ち位置にいて、とても殺せるような人間には見えなかった。
しかし撃たれた時の倒れ方が今まで殺された参加者達と同じで、「ああ、少佐も銃で撃たれたら死ぬんだな」とぼんやりと思った。
マクヴリーズの願いは「カービン銃が欲しい」であって、「少佐を殺したい」ではなかったので、銃を構えた瞬間、他の軍人に撃たれるのではないかという考えがよぎってしまったので、個人的にはマクヴリーズには銃を受け取った瞬間、ノータイムで少佐を撃って欲しかった。
原作とはだいぶ違うラストになっていたが、私にとってはこれもアリだなと思えるラストだった。
最後に
映画を見ている間、手汗は止まらなかったし、早歩きの足音がずっと聞こえているので、意識して深い呼吸をしないと勝手に息があがっていった。
終わった後はとにかく足が重く、疲労感がすごくて、しばらく何も食べられる気がしなかった。
R15+と年齢制限のある映画なので、最初に脱落した少年の頭を撃たれたシーンは顔をアップで映して、下痢を起こして脱落した少年は、路上で脱糞する所までちゃんと映されていて、目を逸らしたくなる部分にも容赦なく演出されていた。
しかし放心状態で映画を見終わって、一晩経ってみると、思い浮かぶのはそういった残酷なシーンではなく、田舎のだだっ広い景色と、笑って話しながらただ歩いている少年達。
そして肩を組んで支え合って歩く、ギャラティとマクヴリーズ。
死に別れるのが決まっているデスゲームという設定で、極限状態の中でそれでも芽生える友情や、この瞬間を生きている少年たちの人間ドラマが、長い暗闇の中で見えた小さな光のようにきらめいて見えた。
見ていて辛いシーンも多かったが、総合的には見て良かったと思っている。
ただもう一度見たいかと問われれば、半年以上間隔をあけてから見たい。



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